プログラミング教育だ、論理的思考力だと騒がれている昨今。でも結局大切なのは、その思考の上で、決断することなのではないだろうか?
論理的思考力は決断するための根拠を作るに過ぎない
プログラミング教育が進んで、どれだけ論理的思考力が鍛えられたとしても、考えただけでは意味を持ちません。
当たり前ですよね?
物事は決断してから動き始めます。
もちろん論理的思考力は大切な力です。でもそれを使って、自分で決めることを忘れてはいけません。
つまり、決断するための根拠となる力でしかないのです。
聞くだけ・調べるだけでも意味はない
聞く・調べることで知見は深まります。知識は増えるかもしれません。
でもその得られたものをどうしたかったのでしょうか?
なんのために聞いたのでしょうか?
なにかを決めたい・知りたいから聞いたはずです。
その意見をもとに、論理を組み立てて考えましょう。
その物事を実行するのが自分であれば、結局自分で決めるしかないのです。
自分で決めてこそ価値がある
自分で決めるということは、自分自身に判断する根拠を持っているはずです。
自分で決めるということは、リスクを取って、行動を起こし、責任が取れるわけですね。
そのために必要な思考が「論理的思考力」なのでしょう。
論理的に、ロジカルに考えることで、考えがまとまりますし、どう行動するのかの指針にもなりうるでしょう。
でも、結局生きていくためには「決断」しなければいけないときはたくさんあります。
「なんでもいい」ものももちろんあるかもしれないですが「決断」を迫られるときにちゃんと決断したいものですよね。
迷わなければ決断できる?
長時間考えても迷うこと。たくさんあると思います。
しかし迷えば迷うほど、選択肢が多ければ多いほど、人間の決断能力は迷ってしまうのです。
つまり、迷いすぎは良くないのです。
論理的にすべてを考える必要なんてないでしょう。
ただ、社会生活を行うために必要な「決断」。それを手助けするのが「論理的思考力」だ。そうとも言えるかもしれないですね。

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